2010年9月25日 (土)

夢日記(31)

また久々の投稿。
ジョギングを始めてもう30数年が経つ。といっても、途中何年か中断があったり、週に2回くらいしか走らない期間があったり、そもそも距離が短い(1日3kmくらい)ので、あまり自慢できない。
ただ、走っているときの爽快感と走り終わった後の充実感は何物にも代え難く、それでまがりなりにも続けられているのだろう。
今回の夢はそのジョギング。だが、これはまさに自分の人生を暗示しているように思われてならない。

<夢日記(2008.7.28)>
私はジョギングをしている。
気分はとても爽快で、実に気持ちがいい。
走っていると、子どもから大人まで、様々な人達が向こうから走ってきて、すれ違って行く。
走りながら、ふと、私は自分の足がちっとも動いていないのに気づいた。
確かに私の身体は前に進んで行くのに、両足が地面にくっついてしまった感じで、動かそうとしても動かない。
足がどんな状態になっているのかは、しかし自分では見ることができない。
道はカーブにさしかかり、そこを通過すると道幅がとても広くなり、田園地帯の風景が広がっていて、爽快感はさらに増していった。
しかし、足が地面に固定されてしまった感触はなくならず、私は足を動かそうと焦った。一方で、身体が前に進んでいるからには、足も動いているに違いない、とも考えていた。
一人の若い男性ランナーが私の傍を離れ、脇道に入って行くのが見えた。

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2009年6月14日 (日)

夢日記(27)

前回の投稿から3月半経過してしまった。これはいけない。
今回の夢は2つの部分から構成されている。前半は比較的日常的、後半は一種「神」的な視点から眺めたような、幻想的なヴィジョン。
1年前の夢だが、イメージは結構蘇ってくる。事業を始め、営業活動に励んでいた頃で、当時の心境が反映しているように思われる。

<夢日記(2008.6.7)>
私は営業で、ある役所の中を回っていた。
役所の入口の近くに不思議な形をした器具が置いてある。高さの調節できる4本の脚がついた、かなり大きな器具で、2本の脚にはカメラが取り付けられていた。
私は屋外の広い場所にその器具を運び出して設置すると、色々な部分を操作し、いじくり回した。
私の傍には知り合いの2名の職員と出入りの業者らしき人がいる。3人は冗談を言い合っている。どうやらかなり親しい間柄らしい。
私はカメラのついた器具の、4本の脚をたたもうとしたが、中々うまくいかず、焦っていた。実はその器具を扱うのは初めてだったが、いかにも扱いに慣れている、という風に見せたかった。脚の1本を偶然変なやり方でたたむことができたので、残りの脚も同じようにしてたたみ終わった。私はほっとした。
私たちは、業者のライトバンで役所の入口まで戻ることになった。それほどの距離ではなかったが、職員に誘われて私も乗り込んだ。3人は相変わらず冗談を言い合っていた。運転している業者が冗談めいた言い方で「柿の種1個100円」と言った。(私には何が面白いのか分からない)
入口に着く前に私は例の器具を置き忘れたことに気づいたが、言い出せずにいた。着いた後で、私は職員の1人に器具を置き忘れたことを話し、取りに行くことにした。

(ここで場面が変わる)

世界は地球温暖化の問題に直面していた。それはかなり危機的な状況であった。
人々は富裕層と貧困層に分かれて対立し、お互いに罵り合っていた。
まるでSFXを使った映画の1場面ように、上空から世界が映し出された。長方形をした茶色の大地が見え、そこに大勢の人間がひしめき合っている。
森や草原などの緑色の部分はほんの僅か残っているだけだ。
歌が聞こえてくる。(「丘を越え行こうよ、口笛吹きつつ〜」というフレーズ)
長方形の大地は幾重もの層が重なって高くなり、それがいくつも聳え立っている。高さはまちまちであった。

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2009年1月31日 (土)

夢日記(25)

私の夢によく出てくる場面に、道を歩いていると次第に上り坂になり、苦しくなる、というのがある。
今回の夢もその「坂道」だが、珍しくクルマを運転している。
これは比較的最近の傾向で、50代も半ばに差しかかった自分の状況を象徴しているような気がする。
若い頃よく見たのは空を飛ぶ夢で、自由への憧れもあったろうし、まだ様々な可能性を信じていられたのだろうと勝手に解釈している。
せめて夢の中くらいでは爽快な気分になりたいものだと思うが、なかなかそうもいかない。

<夢日記(2008.4.28)>
私はクルマでどこかへ出かけようとしていた。奇妙な形をしたクルマが何台か通っていった。
私はクルマを発進させた。家の近くの、通り慣れた道だった。以前住んでいたアパートの方向に、交差点を左折しようとすると、そこに歩行者がいて、ヒヤリとした。
しばらくクルマを走らせてもう一度道を曲がると、道は狭くなり、同時に徐々に上り坂になっていった。
幼い少女がまるでフィギュアスケートでもするように踊っていた。クルクルと回転したりして、とても上手だ。
しかし、坂道の勾配はどんどん急になり、とうとう垂直に切り立った崖のようになってしまった。もうクルマは前に進めず、このままでは落下してしまいそうだ。
私は落ちないように、道端に生えている草を必死につかもうとしていた。

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2008年12月23日 (火)

夢日記(24)

私がノートに記録している夢は、比較的シュールなものが多いのだが、今回の夢は随分現実的で、映像的にはあまり面白くない。
なぜわざわざこんな夢を書き残したのか、正直言ってよく分からないが、夢を見た当時は結構印象に残ったのだろう。
夢のイメージ、雰囲気を的確に文章で表現することは実にむずかしく、また、それらの記憶は時間とともに薄れ、やがてほとんどの記憶は失われてしまうのだ。

<夢日記(2008.4.13)>
私は家内と税務署に行き、その帰り、電車に乗ろうとして駅に来た。
券売機で切符を買った。釣り銭が出てきたが、計算した金額よりも多い。おそらく誰かが取り忘れたのだろう。私は誰も見ていないことを確かめ、釣り銭を財布に入れてしまった。
電車が来る時間が近づいていたが、改札にいる駅員がしきりと私に話しかけてくる。特に税務署のことについて色々と質問してくるのだ。
私は電車の時間も気になっていたが、釣り銭を盗んだことが駅員にばれるのではないか、あるいはもうばれているのではないか、とそのことも気になっていた。
やがて電車がホームに入ってきた。私と家内はあわてて改札を抜け、階段を駆け上がった。だが、乗ろうとした直前にドアが閉まり、電車が動き始めた。
私はとても腹が立ったので、拳を振り上げ、電車に向かって罵声を浴びせた。すると、車掌がそれに驚いたのか、電車は止まり、ドアが開いた。
私と家内は電車に乗り込んだ。電車はまた動き始めた。私はとても満足していた。

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2008年11月16日 (日)

夢日記(23)

ノートに書き留めた夢は特に印象に残ったものであり、また、書くことで記憶に深く刻まれるためか、かなり日数が経過しても、自分の中でイメージを蘇らせることができる。
とはいっても、半年以上経つと、夢のイメージがぼやけ始めてくるのはやむを得ない。今回の夢も8か月くらい前のもので、最初の数行を読み返しただけでは、まるで情景が浮かんでこなかった。

<夢日記(2008.3.23)>
私は職場にいる。その日、健康診断を受けることになっていた。
そこへ、以前部下だった女性から問い合わせの電話がかかってきた。しかし、早口でまくしたてるので、私には彼女が何を言っているのか、さっぱり分からない。私はいらついたが、健康診断で彼女の職場に行くことを思い出し、そちらへ行ったときに回答のメモを渡す、と言って電話を切った。
健康診断は数回に分けて実施され、どの回に受けてもいいことになっていた。
私は、一人の女性技師から自転車を借りて健康診断の会場に行くことにした。会場の近くまで行くが、なぜか私は職場に戻ってきてしまう。
職場に戻ると、所長の話が始まるところだった。健康診断の最後の回の時間が迫っていた。少し迷ったが、とりあえず話を聞くことにした。しかし、時間が経つにつれ、私は焦り始め、しまいには机をゆすってガタガタさせたり、わざと周りに気づかせるようなことをし始めた。周囲の職員は驚いていた。
とうとう私は隣の席にいる副所長に「健康診断に行ってきます」と告げて席を立った。
もう一度自転車を借り、会場に向かった。今度は違う道を行くことにした。だが、道がとても急坂で、自転車はなかなか進まず、とても苦しい。健康診断が始まる時間まであと5分になっていた。もう間に合わないかもしれないと思った。

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2008年10月19日 (日)

リンゴの夢

以前の投稿「夢日記(15)」で、リンゴの夢のことを書いた。
今日たまたま山村暮鳥の詩集「雲」を読んでいて、次のような一編があり、面白かったので引用してみたい。「赤い林檎」という題で短い詩が14編あり、その中のひとつ。

こどもはいふ
赤い林檎のゆめをみたと
いいゆめをみたもんだな
ほんとにいい
いつまでも
わすれないがいいよ
大人になってしまえば
もう二どと
そんないい夢は見られないんだ

もちろん、大人になってからも人はリンゴの夢を見ることはあるだろう。だが、そのリンゴは子どもの頃に夢で見たリンゴとは(多分)違うのだ。
どこがどう違うのだろう。
子どもの夢に出てくるリンゴは、純粋にリンゴそのものなのだ。しかし、大人の夢に出てくるリンゴは、色々な記憶と結びついているために、リンゴの美しさ、魅力が失われてしまっているのではないか。
同じく暮鳥の「赤い林檎」からもう一編。

こどもよ
こどもよ
赤い林檎をたべたら
お美味しかったと
いってやりな

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2008年10月 5日 (日)

夢日記(22)

海辺の少女災害の夢をよく見る。特に多いのが地震の夢で、激しく揺れて建物が倒れる、といったパターン。
私自身の被災体験は、4歳の頃の伊勢湾台風くらいしか記憶にない。その記憶もとても曖昧で、家の壁に大きな穴が空いている、といった断片的なものである。
自然災害では地震が一番怖い。でも今回の夢は意外にも(おそらく)洪水である。
(右の作品は、小生作のペン画「海辺の少女(終末の予感)」1988年)

<夢日記(2008.1.7)>
私はビルの屋上のような、高いところから都会を見下ろしている。大きな街で、縦横に広い道路が走っている。
しかし、その2本の大通りは、洪水の後のように冠水している。かなりの水量だ。私は、これも地球温暖化の影響か、と思いながらその景色を眺めていた。
私の傍には両親がいる。父は空を眺めながら、まるで実況中継でもしているように、空と雲の様子を説明している。空のほとんどは雲に覆われているが、細かい千切れ雲のようになっているところでは、雲の合間から空がのぞいている。
空は青くなったり、灰色になったり、めまぐるしく色が変わっていた。そのため、父は空の色をいちいち訂正しなければならず、いらいらしていた。

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2008年9月13日 (土)

夢日記(21)

Horse_2絵を描いたり、絵(画集)を見たりする夢が多い。
それだけ、いい絵を描きたい、いい絵を見たい、という願望が強いのだと思う。
今回の夢も前半は絵を描く夢だが、実はあまり印象に残っていない。つまりはよく覚えていないということ。
多分、夢の醍醐味である超現実性に乏しいのだろう。
(上の作品は小生作のペン画「超現実的風景(馬)」1986年頃)

<夢日記(2007.12.23)>
私は屋外で絵を描いている。
畑か草原に木が1本立っていて、私はその風景をサインペンか濃い鉛筆でスケッチしていた。
描いているのはキャンバスなのか、スケッチブックなのかよく分からない。が、結構うまく描けているので、私は満足している。
スケッチした後、油絵の具で色を着けていった。筆を素早く走らせ、ラフな感じに仕上げた。
描き終えたので、筆を洗うことにした。が、筆洗が汚れているのだろう、洗っても洗っても、筆にドロリとした油絵の具のかすが付いてしまい、それが落ちない。2〜3本やってみたが、どれも同じように汚れてしまった。
場面が変わり、私はインドにいる。
私は屋根とテーブル、椅子だけの、戸外の大衆的なレストランで食事をしていた。料理はカレーのようなもので、ジャガイモがたくさん入っていた。おかしなことに、全然カレーの味がしない。だが、ジャガイモはまずくはない。
レストランにはテレビが置いてあり、日本の映像を映していた。見ていると、日本語をデタラメに通訳していた。

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2008年8月18日 (月)

夢日記(20)

「親殺し」という普遍的テーマについて。
若い頃、父親を激しく憎んでいた時期があり、殺す場面を頻繁に夢想した。もちろん実行はしなかったが、誰でも一度くらいはこんなことを考えるのだろうか。
親殺しの事件の報道に接するたびに思うのは、殺害の瞬間、親の心にはどんな感情がよぎるのかということ。
親を殺す夢はどうだろう。普通に考えれば無意識の願望だが、親を乗り越えることのメタファーだということをどこかで聞いたことがある。(もっとも私の場合、親はもう乗り越える対象ではなくなってしまったが。)

<夢日記(2007.12.7)>
私は自宅にいて、父にナイフ(か包丁)で腕を切られてしまう。血が流れ出した。
仕返しに私は父の胸の真ん中あたりにナイフを突き刺した。心臓ははずれていたが、父は倒れた。私は父が死んだかと思った。だが、まだ息があった。
父は何人かの人に担がれ、運ばれていきながら、傍らの母に「俺は死なないよな?死なないよな?」と哀れな声で訊ねていた。
私は父を刺したことをとても後悔した。取り返しのつかないことをしてしまった。私は逮捕されるだろう。もう普通の生活を送ることはできないのだ。私は絶望した。

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2008年8月 2日 (土)

夢日記(19)

River今回の夢の中間部分は映像的にとても美しいのだが、言葉ではうまく伝えられない。スイスあたりの牧草地を思い浮かべてしていただけるとイメージとして近いかもしれない。
(右の作品は、小生作のペン画)
<夢日記(2007.12.2)>
私は喫茶店で何人かと話をしている。
そこには私の上司のほか、男性1人と数人の若い女性がいる。
私はクリヤーファイルに入れた、ポストカード大の自分の作品を皆に見せている。自分でもなかなかいい出来だと思う。隣に座った女性がそれを見て非常に感心するので、私は内心とても得意になる。
(その作品がやがてドラマにつながっていく。)
ドラマの中の私は、とても謙虚な画家で、作品を売ってくれと頼む人に、犬と○○との交換でよいと言うのだ。舞台はヨーロッパの広大な美しい草原で、そこに柵が幾重にも設けられている。そして、柵に取り付けられた扉が次々に開いていく。映画の一場面のようだ。それを見ていて、私は感動で泣き出してしまいそうになる。
(ドラマが終わり、最初の喫茶店の場面に戻る。)
喫茶店のカウンターの奥に知り合いの画廊の主人がいるので、私は驚いた。いくらか痩せたようだ。聞くと、画廊がつぶれたとのことだ。それで彼はそこにいるのだった。

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