2008年7月 5日 (土)

夢日記(18)

Photo夢の日付からも分かるように、このブログに掲載している夢は、半年かそれ以上前に見たものである。更新の頻度が少ないので、なかなか現在に追いつかない。
ただ、ある程度鮮明に記憶に残り、ノートに書き留められるような夢を見るのは、月にせいぜい2〜3回なので、頻繁に投稿すると、今度はすぐネタ切れになってしまう。努力次第でもっと夢のストックは増やせると思うが、そこまで頑張るつもりはない。
(上の作品は、小生作の木口木版画「フロイト」)
<夢日記(2007.11.23)>
私は仕事で出張することになり、目的地を探して歩き回った。
ようやく目指す団地にたどり着いた。看板が出ていて、「○○(私の住んでいる市の名前)ピーコック」とある。大きな団地だ。私は、こんな団地があったのかと驚いた。
場所は郊外で、広大な敷地にはまだ自然が残っている。小川が流れていたりして、歩きにくいところもある。
歩いていると、目的の建物が見えてきた。それは工場か倉庫のような建物で、中に入ると、大勢の職員が忙しそうに働いている。いかにも利発そうな若者が目に留まった。制服を着ていて、自分が大卒であることを自慢そうに話している。
やがて私の目の前に、若い女性が奇妙な姿で現れた。髪が長く、女優の仲間由紀恵に似たその女性は、全裸で低い台の上に四つん這いになり、前後に立てて置かれた畳をじっと凝視している。とても険しく真剣な表情で、終止無言のままだ。
私はやがて彼女が畳の検査員であることを知らされる。私は彼女にインタビューをしなくてはならない。しかし、彼女は検査のためにこれから熱い部屋に入るので、それが終わってからでないと怒られるかもしれないと考えた。それほど彼女はピリピリしていた。
傍にいた係員に聞くと、普通の検査員はそのような部屋に入ることはないとのことだった。やはり彼女は普通ではないのだ。

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2008年6月 7日 (土)

夢日記(17)

今回の夢も短編。
短いが、結構印象に残っている。やはり非日常的なイメージの夢の方が深く記憶に刻まれるようだ。
<夢日記(2007.10.17)>
以前の職場の上司だったEさんが野球の練習で、ノックをしている。私のところへもボールが飛んできた。私はバットでそのボールを打ち返した。
いい感じでスイングができ、ボールはバットの真芯に当たってライナーで飛んでいった。私は打球を見て得意になった。見ていると、やがてボールは鳥に変身し、羽ばたいて、低く遠くまで飛んでいった。
次にEさんは、大きなフクロウを、木に止まっているフクロウに向って投げつけた。フクロウは木から落ちて地面に叩き付けられた。フクロウは驚いている。だが、それはEさんがフクロウのためにしたことだった。

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2008年5月18日 (日)

夢日記(16)

今回の夢は超短編。覚えている部分が短かっただけかもしれないが、一応完結しているような気がする。
<夢日記(2007.9.24)>
私は家内から、あなたは失明したのだ、と告げられた。目をこすったために失明したらしい。私は「あ、そうだった」と思った。言われてみれば、そんなことがあったような気がした。
目が見えないということは不便だし、絶望的だ。私はとても悲しくなった。
でも不思議なことに、私には以前と同じように周りが見える。
私は風呂に入っている。傍に家内がいるような気がする。失明したのにもかかわらず、私には風呂も、周りの光景も見えている。

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2008年5月10日 (土)

夢の続き

Img_0010これは前回の投稿の続編。
中学校の同窓会に出席するために20数年ぶりに故郷へ帰り、昔小学校へ通った道を歩いたり、小学校や中学校の同級生と再会したことで、私の意識は数日間、過去にとらわれることになってしまった。
意識の底に埋もれていた記憶が次々に呼び覚まされて押し寄せ、いつのまにか膨大な記憶の海に飲み込まれていて、過去の時間を生きているような感覚があった。
それはとても甘美な体験なので、自分が今直面している現実などどうでもいいような気持ちになってしまう。これはもしかしたら、意外と危ない状況なのかもしれない。ネルヴァルやプルーストもこの種の記憶のとりこになってしまったのだろうか。(あ、これは勝手な想像)
同窓会になど行かなければ良かった、などと一時はそう思ったりした。
いくらか時間が経過し、意識は再び現実の世界に向かい始め、私の精神状態も「正常」に戻りつつある。
改めてあの数時間の体験は何だったのだろうかと思ったりするが、まあ、得難い希有な体験をしたことを私はやはり感謝すべきなのだろう。

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2008年5月 6日 (火)

夢の(ような)話

今回は眠って見た夢ではなく、実際に体験した夢のような話。
昨日中学校の同窓会があり、およそ20年振りに故郷を訪れた。4時間ほどの列車の旅だった。
駅を降り、地図をたよりにまず中学校へ行ってみた。だが、中学校は校舎も体育館も建て替えられ、昔の面影はなかった。ただひとつ残されたプールだけがかすかに当時の記憶を呼び覚ました。少し気落ちしつつ、次に昔住んでいた団地と小学校に向かった。
Img_0002団地が近づくにつれ、微妙な感覚が私をとらえ始めた。ゆるやかな上り坂の道があり、それが遠くで左にカーブしている、何の変哲もない風景。昔の景色を正確に覚えているわけではないが、そこにあるのは間違いなく当時見ていた風景のように思われた。もちろん、当時の景色そのままであるはずはなく、私は現在の風景と記憶の中にある過去の風景を重ね合わせて見ていたのだ。いわゆる既視感で、そこにはわずかに快感が伴っていた。
やがて団地に着いた。予想したとおり、団地もモダンな建物に建て替えられていた。しかし、そこには当時の名残がかすかな気配のように漂っていた。一種の皮膚感覚で私はそれを感じ取った。
団地を通り抜けたところで、小学校が目に入った。1本道がまっすぐ校門まで伸びている。私は、しかし、変だと思った。団地から近すぎるし、方角も周囲の様子も私の記憶の中の風景と違っている。もっとくねくねと曲がりくねった道を歩いて登下校したような気がする。
でも、と私は思い直した。人間の記憶など当てにならない、子供の足では遠く感じたが、実際には案外近かったのかもしれない。20年も経てば周りの景色も変わるだろうし。
違和感をいだきつつも、私は学校をめざして歩き、敷地を一巡りした。やはりおかしい。校舎を見ても、校庭を見ても、先ほど体験したような、軽い陶酔感を伴った既視感が全くない。
私は少し混乱しながら、記憶の中にある風景の断片を思い返していた。それは今まで数えきれないくらい何度も記憶の闇から呼び戻そうとした風景、夢で見た風景のように淡く、もしかすると現実には存在しないかもしれない風景の集積。
Img_0011_2私はかすかな予感に導かれて再び団地にもどり、ある方角に目を向けた。始めは少し下り坂になった細い道が田んぼの中を曲がりくねって伸びている。それを見た瞬間、この日何度も味わった感覚が私をとらえた。これだ、と直感した。この道がかつて小学校に通った道だ。私は過去と現在、夢と現実が交錯する希有な道を夢見心地で歩いていった。現実かどうか定かでなかった風景が次々と目の前に現れる、という奇跡。あるいは、現実の風景の向こうに過去の風景が透けて見える、という不思議。
ただ、小学校は先ほどの、あの場所にある。では、この道の先には何があるのか。
小学校があったと思われる場所には、学校ではない、何か違う種類の建物が建っていた。敷地の入り口には、石造りの門柱が2本建っている。校門のようにも、そうでないようにも見える。
落ち着かない気持ちのまま、私は脇に回ってみた。
Img_0006広い空間があった。空間の周囲を縁取る樹木のたたずまいを見たとき、その空間は、私の記憶の中の校庭と重なった。ざわめきが耳をかすめた。私はもう一度建物の前に立った。大きく、どっしりとした門柱を目をこらして眺めた。そして、これは校門だと確信した。
校門を出て、左に曲がって家に帰る、これが私の記憶の中にずっとあったイメージだが、それが現実の風景で裏打ちされた、そのことが、とても嬉しかった。
私は来た道を戻り、近くの同窓会の会場に向かった。
同窓会で私は何人かの旧友にこの話をし、事実関係を確認した。小学校が移転し、跡地には福祉センターが建てられたということで、やはりあそこに小学校があったのだ。
同窓会のおかげで、私はこの日、不思議の国に迷い込んだような、夢のような体験をすることができた。これが一番の収穫だったかもしれない。

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2008年4月13日 (日)

夢日記(15)

Hatストーリーが特にないのに、映像がとても印象的で、忘れられない夢がある。映画でいうとタルコフスキーの「鏡」とかブニュエルの「アンダルシアの犬」のような。
今回の夢は短いのだが(というより、夢の1部分しか覚えていなかったということなのだろうが)、映像的にはかなり魅力的だった。ただ、私にその映像美を言葉で表現するだけの才能がないのが残念である。(左の作品は、小生作のアクリル画)
<夢日記(2007.9.23)>
私はビルの屋上にいる。
そこにリンゴの入った箱が置かれていた。リンゴは虹のようにオレンジ、イエロー、グリーンなどの色の帯に染め分けられていて、とても美しい。それらの色は決して鮮やかすぎることがなく、果実の表面でほどよく調和していた。
そして、箱自体もリンゴと同じような色合いをしていて、まるでリンゴの果肉でできているかのようだった。
同じような箱が他に2つくらいあった。
私は2人の同僚とそのリンゴの箱を下に降ろすため、大きな荷物用のエレベーターに乗った。エレベーターには専属の女性が乗っていて、降りる間際、エレベーターの中のある1部分を押すように私たちに言った。私たちは言われたとおりにした。

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2008年3月 6日 (木)

夢日記(14)

Memoryよく見る夢のひとつにトイレで用を足す夢がある。用を足しているのを誰かに見られる、というパターンである。記憶にはないが、もしかしたら小さい頃にそのような体験をし、恥ずかしい思いをしたのかもしれない。人間はすべてのことを記憶しているらしいが(本当か?)、眠っているときに意識下の領域から夢として浮かび上がってくるということか。(右の作品は、小生作の油彩画「風の記憶」)
<夢日記(2007.9.21)>
私は、昔過ごした愛知県の中学校の同窓会に行こうか、どうしようか、迷っていた。出席の返事はまだ出していなかった。
私は愛知県のホテルの一室にいた。まだ午前中なので、今から電話をすれば出席できるかもしれない、と思った。
私はホテルの中のトイレに入った。そこは部屋のトイレでなく、共同のトイレだ。個室に入った。鍵をかけたはずなのに、誰かに個室のドアを開けられてしまった。私はしまった!と思った。
個室から出て周りを見ると、どうやら開けられたのは個室のドアではなく、廊下に面したドアだったらしい。私の勘違いのようだ。
そのトイレには他にも個室がいくつかあった。そこへ数人の男性が連れだって入ってきた。中学校時代の同級生のようだった。

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2008年2月 3日 (日)

夢日記(13)

Atelier_bサラリーマンなので、夢には職場の人間が登場することが多い。それは今の職場であったり、過去の職場であったりするのだが、違う職場の人間、つまり一緒にいるはずのない人間が隣り合わせで並んでいたりするのが夢の面白いところである。(左の作品は小生作の油彩「画室の光景」)

<夢日記(2007.9.1)>
私は職場にいる。何か問題が起こっているらしいのだが、それが何なのか分からない。
Kさんが騒いでいた。どうやら印鑑のことらしい。箱に入った何かのセットがあり、その中に印鑑が入っていた。
私は大きなエレベーターに乗った。そこに職場の若い職員が乗り込んで来た。そして、私に気付いて挨拶をした。私は彼に「2階で工事をしているのか?」と尋ねた。彼は少し怪訝そうな表情をし、エレベーターを降りていった。
私は、工事は2階でなく、1階だったか、と思った。勘違いだったかもしれない。
私は以前の職場(農業関係の研究所)に来ていた。広い農場の中で、作物がすべて薄いベージュ色をしていた。MさんとUさんがいて、たくさんの子供達と遊んでいた。私は、子供がいるので、つい2人に声をかけるのを遠慮してしまう。
私のクルマがトラックの荷台に乗っていて、どうやって降ろしていいのか分からない。トラックにはUさんと子供達がいて、Uさんは素晴らしい声で子供達に歌を歌って聞かせていた。
私は、Uさんにこんな一面があるとは知らなかったので、驚いた。私がクルマのことを話すと、Uさんは暗く沈んだ表情になった。

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2008年1月12日 (土)

夢日記(12)

Afternoon_b夢を記録しているおかげで、半年くらい前の夢でもここで再現することができる。再現していると、その夢を見たときの感覚がよみがえってくる。それは得難い体験である。書き留めていなければ、それらの夢は永遠に失われてしまったかもしれないのだ。(右の作品は小生作の油彩画「午後の光の中で」)
<夢日記(2007.7.27)>
私は大きなビルの中で仕事をしていた。かなりの高層ビルだ。フロアには大勢の職員がいる。
突然地震がやってきた。ビルは初めゆっくりと揺れていたが、やがて大きな揺れがきた。ビルは激しく揺れた。そのビルはガラス張りなので、外の景色が大きく揺れるのがよく見える。ビルが倒れるかもしれない、という予感が頭をよぎり、私は、これはまずい!と思った。
とうとう揺れがピークに達し、私が恐れたとおり、高層ビルはあっさりと倒壊してしまった。
倒れた瞬間のことは、よく分からなかった。気がつくと、しかし、私は軽傷を負っただけだった。死なずに済んだことが嬉しかった。
テレビのニュースでも見ているような感じで、ビルが倒れるところを私は高い位置から眺めている。ビルはまるで小さな模型のようで、いとも簡単に倒れた。
私は足を負傷していた。あちこちに小さな切り傷ができている。最初は大した怪我ではないと思っていたが、しばらくたってから足を見ると、足首のところから足が不自然に大きく曲がっている。しかも緑がかった土気色に変色している。骨折したに違いない、と私は思った。
ところが、またしばらくたつと、足はほとんど元通りに直っていた。血液が足に流れたのが良かったのだろうと私は思った。
私は、自分が生きていることを家内に伝えようと、携帯電話を取り出してダイヤルし始めたが、ボタンがうまく押せず、なかなかつながらない。それでも何とか電話がつながり、私は家内と話し始めた。話しているうちに、いつの間にか相手が家内から妹に変っていた。

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2007年12月25日 (火)

夢日記(11)

Womantrain_b今回の夢は2つの場面で構成されている。一見なんら関係がなさそうに思われるが、シンボルをフロイト的に解釈すれば、実は無意識のレベルでつながっているのではないか。そう考えると面白い。(左の作品は小生作のアクリル画)
<夢日記(2007.7.16)>
(1)私は、大勢の人が集まっている大きな会場で、1個の壷をスケッチブックに鉛筆でデッサンしていた。少し古びた壷だが、最初は中々うまく描けず、口の形などもデッサンが狂い、歪んでしまう。私は苛立つ。
それでも我慢しながら形を修正していると、徐々にデッサンが正確になっていく。私は気を良くして描き続ける。
陰影などもいい感じで、細かい部分がかなり克明に描けてきた。いつのまにか私は小さくなって壷の中に入っていた。そして、壷の底から見上げる格好で、壷の内側を細密に描いていた。
うまく描けているので、私はとても嬉しくなった。誰かに見られていることを意識していた。
(2)場面が変わり、私は細長く大きなグランドで野球の練習をしている。たくさんの選手達がいた。
私は、元巨人軍の桑田投手とキャッチボールをすることになった。私がキャッチャーになり、桑田投手の球を受けるのだ。彼は速球を投げ込んできたが、投げてくるのはボールではなく、タイルの小片のようなものだった。私は「速い!」と彼に言った。
次にバッティング練習をすることになった。バットで球を打つのは久しぶりなので、嬉しくなる。私は一人の見知らぬ女性とペアを組むことになった。彼女にボールを投げてもらって私が打つのだが、しばらくやっていなかったので、うまく打てるか不安になる。
彼女は、かなり近い距離からボールを投げてきた。私が軽くバットを振ると、ボールは芯に当たり、いい感じで飛んで行った。私は嬉しかったが、女性は、自分の体のすぐ近くをボールがかすめていったので、驚いている。

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